ホップ公式ブログ編集長の坂本です。
今回は、陸上に関する素朴な疑問の真相を追う連載の第一弾。「陸上競技ではトラックをなぜ右回り(反時計回り)で走るの?」です。
皆さんは、どうしてだと思いますか?
クラブ代表の川辺コーチに聞いても、原井コーチに聞いても、古川コーチに聞いても、
「そんなこと、考えたこともないからさっぱり分からないよ~」
との回答です。「陸上界の誰かに聞いてください」とお願いしてみたのですが、頼った人たちも分からないとの答えなので、国内外の論文や当時の文献を頼りに調べてみました。
結論から言えば、
「100年くらい前の陸上関係者たちの駆け引きの結果、左回り(反時計回り)になった」
が答えです。一体、どういった話なのでしょうか。
今とは逆向き(時計回り)でトラックを走る時代もあった
そもそも、近代オリンピック(五輪)が開催されたころ、陸上競技において陸上選手が、今とは逆向き(時計回り)でトラックを走るケースは普通にありました。
初期の五輪の陸上競技でも右回り(時計回り)が採用されていたほど。その理由としては、近代オリンピックの創始者で、第1回のアテネ五輪(1896年)を推進したフランス人のバロン・ド・クーベルタンが、イギリスのシュロップシャー州で開催されたスポーツイベントに足を運んだ時、その開催方法に影響を受けたからだとBBC(英放送協会)の記事に掲載されています。
イギリスのケンブリッジ大学やオックスフォード大学が、右回り(時計回り)の陸上トラックを1940~1950年代まで持っていたように、当時のイギリスでは右回り(時計回り)が珍しくありませんでした。
先ほどのスポーツイベントでも、右回り(時計回り)で陸上トラックを選手たちが走っていた可能性が高いとされています。その影響を受けたクーベルタンが、初期の近代オリンピックにおける陸上競技で右回り(時計回り)ルールの採用を働きかけたと言われているのですね。
走る向きで各国の意見がぶつかる
しかし、オリンピックが開催を重ね、参加国が増えていくと、ルール整備が不十分だった事情もあり、各国間での意見がぶつかるようになります。
例えば、1908年(明治41年)に開催された第4回ロンドン五輪ではイギリスとアメリカが、棒高跳びでポールを差し込むくぼみの設計について意見を戦わせました。似たように、陸上競技におけるトラックの走る向きについても各国で見解の相違が目立つようになりました。
そこで、当時のIOC(国際オリンピック委員会)は、左回り(反時計回り)推進派の意見を受け入れ、1908年(明治41年)開催の第4回ロンドン五輪で、マラソン競技のフィニッシュを例外に、左回り(反時計回り)を導入します。
その4年後、第5回ストックホルム五輪が開かれた1912年(明治45年・大正1年)には、五輪の陸上競技の日程が全て終了した数日後の7月18日に、新たな組織体であるIAAF(国際陸上競技連盟)設立に向けた予備会議が開かれ、国際的な陸上ルール統一の重要性が確認されます。
その翌年に開催されたドイツのベルリン会議では、オリンピック競技のうち陸上競技の運営を担うIAAF(国際陸上競技連盟)が正式に設立され、アメリカのアマチュアスポーツを統括する団体(AAU)の初代会長で、アメリカのオリンピック参加にも深くかかわるジェームズ・E・サリバンという人が、IAAF(国際陸上競技連盟)の陸上ルール委員会の委員長(議長)に就任します。
ジェームズ・E・サリバンは、AAUのルールブックに類似した17ページの陸上ルールを作成し「left-hand inside(左腕を内側に)」というルールを明記したと言われています。要するに、1913年(大正2年)、左回り(反時計回り)がルールとして正式に明文化されたのですね。
以降、このルールブックは何十年にもわたって改訂されていますが、左回り(反時計回り)のルールは一度も変わっていません。
左回り(反時計回り)が「正しい」かは不明
ただ、疑問が残ります。右回り・左回りの混在する時期を経て、陸上関係者たちの駆け引きや議論の末に、左回り(反時計回り)に統一されたとは分かりました。しかし、どうして左回り(反時計回り)が「正しい」と判断されたのでしょうか。
この点については、明確な答えを、どんな研究者も歴史家も持っていません。
地球そのものが左から右に向かって回っているので左回り(反時計回り)の方が走りやすいだとか、心臓が左側にある人間はほんの少し左側が重いため左回りの方が走りやすいなど、さまざまな説が提唱されていますが、いずれの説も証拠はなく、後付けの仮説の範囲を出ていません。
一方で、イギリスなどで見られた右回り(時計回り)については、イギリスの路上で盛んだった競走が、大学やパブリックスクールに導入され、校庭で競技会を行うようになった時、右回り(時計回り)レースが多い競馬の影響を受けたと指摘する専門家も存在します。しかし、こちらも、仮説にすぎません。
皆さんは、左回り(反時計回り)がなぜ「正しい」と思いますか?
「そんなこと、考えたこともないからさっぱり分からないよ~」
という声が聞こえてきそうですが、自分なりの仮説を立てながら今度、校庭や競技場のトラックを走ってみてはいかがでしょうか。いつもとはちょっと違った感覚で走りを楽しめるかもしれませんよ。
文:坂本正敬
- 参考
- Why do athletes have to race around the track in an anti-clockwise direction? – guardian.co.uk
- (1913) Handbook of The Amateur Athletic Union
- The Reason Why Do Athletes Run Around the Track Counter- Clockwise? – M. H. Tavakkoli
- The Evolution of Track and Field Rules During the Last Century – Eric D. Zemper, Ph.D.
- Why do athletes always run anti-clockwise? – BBC
- WORLD ATHLETICS LANDMARKS – World Athletics
- A historical review of the foundation of the IAAF – Augusi Kirsch
- トラック競技の周回が反時計回りである理由は?【「人体の構造上走りやすいため」など諸説あるが,決定的理由を示す史料はない】 – 日本医事新報社
- 陸上競技でトラックを左回りに走る理由はなにか。 – レファレンス協同データベース
- スポーツルール(1)、LOVE”、その解釈をめぐって – 奈良重幸