陸上に関する素朴な疑問の謎に迫るコラム。今回は、走り高跳びの選手はなんで背中で跳ぶ(背面跳びする)のかです。

背面跳びを誰もやっていなかった

一見すると、走り高跳びを背中で跳ぶ(背面跳びする)って、かえって高く跳べなさそうなイメージがありませんか?

その点を、走り高跳びで日本3位に輝いた経験もある川辺コーチに聞くと、陸上の世界でもなんと昔は、背面跳びで高く跳べるとは誰も思っていなかった(誰もやっていなかった)そう。

しかし、ディック・フォスベリー(Dick Fosbury)というアメリカ人の陸上選手が、1968年開催のメキシコシティオリンピック予選と大会本番で、背中から跳ぶ独自のスタイルで競技に挑み、当時の五輪新記録である2m24cm(現在は2m45cm)を記録して金メダルを獲得します。その瞬間から、陸上界の常識が一変してしまったのだとか。

「もともと、走り高跳びは、学校の体育で小学生が習うはさみ跳び(片脚ずつ上げてバーをまたぐ跳び方)から始まった歴史があります。

その後、1950年~1960年代には、はさみ跳びからベリーロール(腹ばいにバーを跳び越える技法)に移行し、ベリーロールが一番高く跳べると、走り高跳びのトップ選手の中でも、ほぼ当たり前の常識になっていました。

しかし、1968年に開催されたメキシコシティオリンピックで、フォスベリーという選手が背面跳びで競技に挑んで金メダルを獲得しました。そこから、走り高跳びの常識が背面跳びになっていったのです」(川辺コーチ)

平凡な選手が偶然生み出した新技

オリンピックの国内予選で背面跳びをするフォスベリー(Wikipediaより画像引用)

フォスベリーという選手が背面跳びで競技に挑んで優勝し、その後のスタンダードをつくったという歴史は分かりました。

しかし、フォスベリー選手はどうしてバーを背中で跳ぼうと思ったのでしょうか? 普通に考えて、思いもよらないアイデアのように感じますが、どうなのでしょう。

「意外かもしれませんが、フォスベリー選手が不器用で、平凡な選手だったからです。

はさみ跳びやベリーロールで走り高跳びを練習している時に、たまたま誤って体が後ろ向きになり、普通に跳んで越えられなかったバーを背中で超えられてしまう出来事がありました。

その瞬間から、フォスベリーは、背面の方が越えられるのではないかと思って、自分なりの工夫を重ねて世界大会で実践したのです。

しかも、その独特のフォームでフォスベリーが優勝したため、他の選手がまねるようになって、背面跳びが常識になっていきました。尽きない探求心と創意工夫、努力が、才能の足りない部分をカバーしてくれた好例です」(川辺コーチ)

むしろ、走り高跳びでそれほど記録が出せず、不器用で平凡な選手だったからこそ、練習中に背中で跳んでしまう偶然が生まれ、陸上業界の歴史を変える発明にたどり着いたのですね。

股下の高さVS背中の高さ

ただ、繰り返しになりますが、素人の感覚で考えると、背中の方が高く跳べるという理屈がどうしても納得できません。どうして、背面跳びの方が高く跳べるのでしょうか。

「単純に、股下と背中、どちらが地面から高い位置にあるかを考えてみてください。

はさみ跳びの場合、脚を上げてバーを越えるため、バーを越えるポイントが股下になります。ベリーロールはお腹です。

しかし、背面跳びにすると背中で越えるので、バーを越えるポイントが股下と比べて20cmくらい上がります。

もっとレベルが上がると、肩甲骨の少し下で越えられるようになります。股下、お腹と比較して、背中、肩甲骨の少し下の方が地面から見て高い位置にあるので、越えられるバーの高さが上がるのです」(川辺コーチ)

分かるような分からないような……。

言われてみれば理屈には納得できますが、競技未経験者からすると、背中の高さから人間が高いバーを越えられるという感覚が分かりません。きっと、体の柔軟性もすごく大事になってくるんでしょうね。

ちなみに、背面跳びを英語で「Fosbury Flop」と言います。「Fosbury」はもちろん、フォスベリーさんの名前。「Flop」とは、すごく疲れている時に椅子やベッドにどさっともたれかかる(倒れるように寝る)動作を意味します。

まさに、背中からバーを跳んでマットに落ちる様子は、背中からベッドに身を投げ出して寝る時の動作と似ています。

そこで「Fosbury Flop」と命名されたのですね。この話、いつか〈チコちゃんに叱られる!〉(NHK)でも取り上げられそう。その時は、テレビの前で自信満々に答えてください。しかられずに済みますよ。

文・坂本正敬(ホップ公式ブログ編集長)

[参考]

※ フォスベリーの最高の瞬間 – 男子走高跳 | メキシコ1968ハイライト – オリンピック競技大会
https://www.olympics.com/ja/video/dick-fosbury-high-jump-men-athletics

※ ふんわり浮いて世界を変えた、ある“やせっぽち”の独創。 – Number
https://number.bunshun.jp/premier/articles/16301

関連記事

  • 関連記事
  • おすすめ記事
  • 特集記事
TOP