少しでもいい記録を残してもらいたい、できるならば、世界陸上やオリンピックで活躍するような選手になってもらいたいと、陸上を習わせる保護者であれば、心のどこかで願っているのではないでしょうか。

そこで今回は、ロンドン五輪出場、世界陸上ドーハ大会男子50km競歩金メダル、世界記録樹立(当時)などの偉業をキャリアの中で次々と達成した鈴木雄介さんに、超一流選手の育った環境、小中学生時代の様子などを聞かせてもらいました。わが子の成長を願う保護者の皆さん、最後までぜひご覧ください。

半ば強制的に競歩に出場させられました

―― こども陸上クラブホップのコーチ、原井と申します。今日は、よろしくお願いします。

鈴木:よろしくお願いします。

―― 競歩の元日本代表選手にして、2019年世界陸上ドーハ大会男子では50km競歩で金メダル(日本人初)、2015年には、男子20km競歩で当時の世界記録を更新された鈴木さんに今日は、競技との出会い、トップアスリートを育成する家庭環境、トップアスリートに必要なマインドの部分を聞かせていただければと思います。

鈴木さんへのインタビューを通じて、クラブの子どもたち、さらには保護者の皆さまに、大切なメッセージを持ち帰っていただければと思っています。

鈴木:分かりました。

―― それでは早速、競歩との出会いから質問を始めさせてください。陸上競技の種目は、短距離もあれば長距離もあって、投てきなども含めればバラエティがかなり豊富です。

指導者もそうですが、その選択肢の中から、どのような種目がわが子に合っているのかと迷っている保護者の方もいらっしゃると思います。

その点、鈴木さんはどうして競歩という種目を選ばれたのか、何が決め手となって競歩の道へ進み、世界の頂点に上り詰めていったのか、教えていただけないでしょうか。

鈴木さんは、石川県能美市出身です。同じ北陸出身の選手として、ホップの子どもたち、保護者の皆さまにも参考になる部分は多いのかと思います。

鈴木:そもそも、陸上との出会いですが、地域の陸上クラブに兄が通っていて「お前も一緒にやれ」と小学3年生の時に親に勧められ、何の気なしに始めたスポーツが陸上でした。

そこの陸上クラブが長距離を頑張っているクラブで、自分自身が短距離走がすごく遅かったせいもあって、長距離走を始めました。

―― 遅いと言ってもそこそこ速かったわけですよね? 100メートルは小学生のころ何秒くらいでしたか?

鈴木:いや、本当に遅かったです。何秒だったろう。正直、覚えていないのですが、どうでしょうか。例えば、小学生のころは、50メートルが9秒台だった気がします。

―― 本当ですか?

鈴木:本当です。

―― 小学生時代、50メートル走が9秒台だったとしても、将来的には世界陸上で金メダルを獲得し、世界記録を樹立する一流のアスリートになれると思えば、短距離走で今それほど速いタイムを出せていない子どもたちにも、大変な励みになると思います。

その鈴木さんが、競歩と出会うタイミングはいつなのでしょうか? 「世界一美しい」とまで後に称されたフォームを確立した鈴木さんは、どのようにして競歩と出合ったのでしょう。

鈴木:中学校の陸上部に入った時です。もともと、長距離走を目指していたのですが、新入生だったため最初の地区大会で専門の種目に出られず、半ば強制的に競歩に出場させられました。

当然、競歩の練習などしていないので初心者として出場したのですが意外にも速かったので競歩の選手を育てている先生に褒めてもらえました。将来的には、インターハイチャンピオン、世界も目指せるかもしれないとまで言ってもらえました。

―― それでも、長距離走をメインにやりたい気持ちは最初のころは変わらなかったのですよね?

鈴木:はい。ですが、中学2年生の地区大会で長距離走と競歩の両方に出場した時が転機となりました。

どちらも出場して、県大会に進めた種目はメインの長距離走ではなく競歩でした。そうなると、せっかく出場する県大会ですから、本格的に競歩の練習を始めてみようと思いました。すると、合っていたんでしょうね。自分でも実感できるくらいみるみる伸びて、トラックの3000mW、5000mW、ロードの3kmW3種目でで中学記録を樹立できました。

―― すさまじいですね。本人の意思としては長距離走をメインにしていたのに、半ば強制的に出場させられた競歩で芽が出て、努力をしたら一気にブレイクしたという話です。

「自分にはこれしかないんだ」と最初から絞り込まずにいろいろ挑戦する大事さをホップでは教えています。自分の好みではないかもしれないけれど、やってみる中で、自分の思わぬ才能と出合える瞬間があるのだと、鈴木さんの言葉を聞いていてあらためて勇気を頂きました。

クラブの子どもたち、保護者の皆さまにもとても参考になる話ではないかと思います。

あまり言わない方がいい

―― それでは次は、鈴木さんの育ち上がり、どんな学童期を過ごしてきたのかを聞かせてください。

鈴木さんに聞いてみたい質問をクラブ生の保護者から事前に募ったところ、アスリートを目指す子どもとのかかわり方、理想的な食事と生活習慣、小学生のうちにやっておくべき運動などについて質問が多く寄せられました。

鈴木:期待されるような答えになるかどうかは分かりませんが、生活リズムについては早寝早起きだったと思います。就寝は、遅くとも10時には寝ていたと思います。

食事については普通でした。男きょうだいの家だったので、お腹いっぱい食べさせてもらったぐらいで、何か特別な工夫がされていたという感じではなかったと思います。

ただ、好き嫌いに関しては全くなくて何でも食べていました。何でも食べられるので、体づくりの面ではもちろんですが、海外遠征の滞在先などでも食に対するストレスがありませんでした。その点も、選手としてのパフォーマンスにいい影響を与えてくれたと思います。

―― 子どもたちのみんな、聞いているかな。今日からは、好き嫌いをしないように。では、子どもに対する親のかかわり方に関してはどうでしょうか。

鈴木:もちろん、保護者の方からすれば、期待する気持ちがあるほど、いろいろ言いたくなってしまうと思います。しかし、試合の結果や試合の内容については、がみがみと言わない方がいいと思います。

例えば、うちの親は、勉強についていろいろ言ってきました。でも、いろいろ言われると、子どもはやる気をなくしてしまうのですよね。逆に、陸上の試合結果には本当に無頓着だったので何も言いませんでした。

何も言われない陸上の記録はどんどん伸びていって、あれこれ言われる勉強の成績はどんどん下がっていく。その点を考えても言いすぎは良くないと思います(笑)

―― 小学生のうちにやっておくべき運動についてはいかがでしょうか。

私自身も今は引退して指導者になっていますが、選手たちに接する場面でも「言いすぎない」は大事にしています。

―― 勉強ができないみたいな感じでおっしゃっていますが、かなりの進学校に行かれていますよね?

鈴木:いえいえ。本当に、

鈴木:これという決まった運動はありません。むしろ、小さいころから何かに絞り込むのではなく、いろいろなスポーツに親しませてあげるといいと思います。

私自身も、サッカーやバスケをして遊びましたし、水泳も習っていました。とにかく、いろいろなスポーツを通じて体を動かす時間が大事だと思います。

―― ホップでも、目先の記録に一喜一憂せず、さまざまな動きを練習に取り入れる中で神経系の発達を促し、将来の可能性と選択肢を広げ、伸びしろをつくっていく方が大事だと思って指導しています。この点、いかがでしょうか。

鈴木:そのとおりだと思います。小さいころはできるだけ絞り込まず、陸上にしても、いろいろな種目に挑戦するといいと思います。

習慣化がすごく大事

―― それでは最後に、トップアスリートとして日ごろ大事にしているルーティーンや習慣を教えてください。この点についても、ホップクラブ生の保護者の皆さまから多くの質問が寄せられていました。

例えば、ラグビー日本代表の五郎丸選手が、ボールをキックする前にルーティーンを行って一躍有名になりました。同じように、日ごろ大切にしている習慣やルーティーンはあるのでしょうか。

鈴木:「生活リズムを習慣化する」です。この時間からこの時間までは練習をやるといった感じで、生活そのもののリズムを競技に合わせて習慣化していきました。

生活のリズムを日ごろから習慣化しておくと、気分が乗らない日でも、練習時間になればとりあえず練習は始められます。いったん体を動かし始めれば自然と気分は乗ってきます。この生活リズムの習慣化によって競技でも結果が出せるようになりました。

―― 気分が乗らないという話が出てきましたが、モチベーションの維持についてはいかがでしょうか。

鈴木:モチベーションについては「モチベーションを保とうとしない」を大事にしてきました。

気持ちが落ち込むと、落ち込んでいる自分を駄目だと思ってしまいがちです。しかし、現役時代は、落ち込んだ自分にあらがわない、逃げてもいいと思うようにしていました。

例えば、オーバートレーニング症候群やけがで1年間トレーニングできない年がありました。アスリートですから故障すれば当然、落ち込みます。しかし、故障して気持ちが沈むなんて当たり前、落ち込んでもいいと思った方が楽になれると気づきました。

大会結果にしても、先を見据えて、段階を踏んで理想に近付けるのであれば、目の前の大会が不本意な成績に終わっても構わないと割り切っていました。言い方は悪いですが、目の前の大会を次回に向けて「捨てる」ようなメンタルもトップアスリートでいるためには時に役立つ場合もあると思います。

―― 似たような内容として「世界で戦うために必要なことは」という質問もあります。いかがでしょうか。

鈴木:大きな世界を思い描き、自分を見失わない姿勢が大事になってくると思います。

私自身、競歩を始めた学生のころから、将来は世界でメダルを取らないと駄目だと思って努力してきました。他のメジャースポーツ、あるいは同じ長距離走でも箱根駅伝などと比べて競歩はやはりマイナーです。

日本代表になってオリンピックに出場した程度では注目されません。メダルを取って初めて注目されるという意識をずっと持っていましたので、世界一という大きな世界を見据えながら、自分を見失わないでやってきました。

しかし一方で、少し矛盾するような言い方ですが、人生は陸上だけではありません。いろいろな世界があり、いろいろな夢の形があります。

先ほども言ったように、何かあれば逃げてもいい、そのくらい柔軟に考えられるメンタルが世界で戦っていく上で重要なのかなと思います。

―― 本日は貴重な話をありがとうございました。まだまだお聞きしたい質問はたくさんあるのですが、子どもたちのウォーミングアップも終わって、鈴木さんの競歩と子どもたちがダッシュで競う体験会の時間が迫ってきたようです。

クラブの子どもたち、あるいは保護者の皆さまにとっても、何かの指針になる、導きの糸となるような情報は十分に聞かせていただけたと思います。重ねて、御礼を申し上げます。

ところで鈴木さん、ゲストランナーとして先日、東京マラソンに出場されていましたが、足を軽く痛めてしまったと聞きました。この後の体験会は大丈夫でしょうか。

鈴木:1,000メートル走などにも本当は一緒に出たかったのですが、すみません。ただ、100メートル1本なら大丈夫です。私も楽しみにしてきました。よろしくお願いします。

そして今日は、インタビューもありがとうございました。また、いつでも呼んでくださいね。

―― こちらこそ、ありがとうございました。

※ 鈴木雄介さんプロフィール・・・1988年1月2日生まれ。石川県能美市出身の元競歩選手。順天堂大学大学院修士課程を修了後、サトウ食品新潟アルビレックスランニングクラブに所属し、日本を代表する競歩界のトップアスリートとして活躍した。2015年には20km競歩で1時間16分36秒の世界記録を樹立。2019年には50km競歩で3時間39分07秒の日本記録を打ち立てるなど、長距離競歩において数々の実績を残した。同年のドーハ世界陸上では50km競歩で優勝し、日本競歩史に残る快挙を達成している。国際大会では、2011年テグ世界陸上20km競歩で4位入賞、2012年ロンドンオリンピックにも出場するなど、長年にわたり世界の舞台で安定した成績を収めた。

(聞き手/原井拓実、写真・文/坂本正敬)

関連記事

  • 関連記事
  • おすすめ記事
  • 特集記事
TOP