―― こんにちは。ホップ公式ブログの編集長である坂本と申します。インタビュー取材の機会をありがとうございました。
今日は、シーズンインに向けて、ホップのトップチームである〈FOKUS〉〈SUNS〉の合同合宿にゲストコーチとして来てくださった富田聖大(きよひろ)コーチに、お昼ご飯前のちょっとした時間を頂き、お話を聞かせていただきます。
川辺コーチと富田コーチとの間に個人的なつながりがあり、その縁で、富田コーチの指導を頂く機会が過去にも、FOKUS・SUNSの選手には何度かあったそうですね。
今回は、シーズンインを迎える選手に、成長へのヒントを頂ければと思い、お越しいただいたと聞いています。まずは北陸に、富山にようこそおいでくださいました。
富田:ありがとうございます。
川辺:今日は、インタビューまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
―― 川辺コーチからは、富田コーチについて事前に、極めて指導力が高く言語化が上手な指導者であると聞いております。
川辺:おっしゃるとおりです。指導者は孤独な存在で、真剣に陸上指導に向き合うほどに迷いが生じるのですが、その迷った時に相談できる、同志のような存在だと思っています。
―― 原井コーチからは、伸び悩む選手を再生させる「再生工場」のような方だとも聞いております。
私自身、素人ながら、指導の風景を先ほど拝見しましたが、立ち居振る舞いに独特のオーラがあって、FOKUSの選手たちが富田コーチから大変な刺激を受けている様子が見て取れました。
インターネットを調べると2015年(平成27年)に沖縄県優秀指導者賞を受賞されていると書かれていました。立派な方なのですね。これは、お幾つの時の話ですか?
富田:22歳です。
―― え、22歳ですか? そうなると、大学卒業してすぐという感じでしょうか?
富田:はい。それまでに、中学生で始めた陸上を高校・大学と続け、選手としては県大会で決勝に入ったり、地区で1位になったりしてきました。
その後、選手としては大学で引退し、陸上のクラブチームを社会人1年目で立ち上げました。
その立ち上げの年の秋に、所属していた選手が、中1の1,500mで24年ぶりに県記録を更新したので、沖縄県優秀指導者賞の受賞となりました。
―― 1年目でいきなり。すさまじいですね。
富田:いえ、すごくはありませんし、全然うれしくはありませんでした。
―― どうしてでしょう。
富田:記録を更新した選手はもともと、別のクラブに所属していた子で、前のクラブの指導者にビンタを張られたとの理由で、中学1年生の4月からうちのクラブに移ってきた経緯がありました。
最初から、ものすごく能力がある子でした。ただ、素行不良でむらっけがありました。その子の保護者からは「いつになったら県記録が出せるのだ」と言われましたが、記録更新のためには落ち着いて練習に取り組む方が重要だと感じていました。
結果として、もともと能力のある子だったので、中1の11月に県記録は出せたのですが、その翌月に、うちのクラブを退会し、その後は無所属となってしまいました。
この子の場合、以上のような経緯があり、生活指導の方が重要だと思っていたので、沖縄県優秀指導者賞受賞と言われても全くうれしくありませんでした。
―― その後、その選手はどうなったのでしょうか。
富田:進学した高校を1年生で退学処分となりました。陸上も当然、それきりです。
―― そうですか。残念ですね。そうなる未来が見えていたからこそ、落ち着いて練習に取り組む必要性を、中学生の段階で保護者に訴えていたのですね。
富田:陸上は厳しいスポーツです。自分の中で成長を実感できなくなると競技を続けられなくなります。
他の競技ではなかなか見られないと思うのですが、大会で1位になって優勝しているのに、喜んでいない選手が陸上にはいるほどなんです。
選手にとっては、大会の結果よりも、自分の成長を実感できない方が重大な意味を持ちます。1位を取ったとしても、以前からの成長を感じられなければ本人はうれしくないのです。
―― その成長という話に関連して、子どもたちをどのように伸ばしていくかについて今日は質問させてもらえればと思います。
伸び悩む選手を再び引き上げる「再生工場」とまで言われる富田コーチです。伸びる子どもの特徴、将来的に伸び悩む子どもの共通点などは何かありますか?
富田:伸びる・伸び悩むで言えば、小学生のうちに小学生を強くするという考え方は好ましくないと思います。
―― どういう意味でしょう?
富田:私は、日本陸連(日本陸上競技連盟)公認ジュニアコーチ・コーチで国体監督の資格も持っているのですが、小学生の時に全国大会に出るような子どもは、ほとんどの場合、中学校、高校で陸上を辞めてしまっています。
今、小学生を強くするという競争が地方では加熱していて、小学生のうちに短距離走ばかりをやらせる陸上クラブが目立ってきています。
ライバルの少ない小学生の時代に短距離ばかりを走らせれば、一時的には速くなりますし全国大会に出られる可能性も高まります。
陸上クラブの側は、その全国大会の実績を宣伝材料にしているわけですが、他の道をつぶすほどに小学生のうちから特定の競技に特化してしまうと、その後で本当に伸びなくなります。
後になって他の種目に転向しようと思っても手遅れの場合が多いので、結果として成長が感じられなくなり、中学校・高校で陸上を辞めてしまう子どもたちが出てきます。とても残念な話だと思います。
いろいろな動きを体験させる中で運動の感覚を引き出す
―― 同じような話を、川辺コーチ、原井コーチも繰り返し言っています。
私自身が、ホップの宣伝や広報に携わるようになって「全国大会出ました!」「何秒タイムが縮まりました!」みたいな話をもっと全面的に打ち出したらいいと提案するのに、川辺コーチ・原井コーチはいつも乗り気ではありません。
その背景には、富田コーチの言うような事情もあったのですね。
川辺:おっしゃるとおりです。
―― では、素朴な疑問なのですが、小学生のうちは、どのような練習が理想的なのでしょうか。
富田:小学生のころは全然記録など出なかったのに、中学3年生になると県大会で優勝するみたいな子がうちのクラブにはたくさんいます。
そのクラブ内の練習では、小学生を指導する時には特に、円盤投げをやらせてみたり、ハードルをやらせてみたりと、いろいろな動きを体験させる中で、運動の感覚を引き出そうとしています。
―― この話も、川辺コーチ・原井コーチが普段から口にする言葉と同じですね。
富田:小学生のうちは、スポーツに対する否定的な思いを減らし、運動をやってみたいという欲求を引き出す方がよほど大切です。今の評価、今の記録が絶対ではありません。子どもたちは変わっていきます。
私自身も、子どものころはスポーツが嫌いでした。しかし、沖縄の小さな学校に通っていたという事情もあり、生徒が少ないために運動に駆り出されて、やってみて、できたと感じて、少しずつ自信が身に付いたという感じです。そして今、気が付くと、この世界で生きています。
なので、小学生の練習の話に戻ると、さまざまな運動を体験させる中で、運動に対する苦手意識を減らし、運動をやってみたいという気持ちや、できずに悔しかったという気持ちを育てるようにうちのクラブでは意識しています。
―― この点、川辺コーチはいかがでしょうか。
川辺:同感です。富田コーチや私たちが独自の話をしているのではありません。日本陸連の指針も実は同じなんですよね。
富田:そうですね。
川辺:とはいえ、クラブ経営という面で、子どもたちを短期的に速くさせて、大々的に宣伝するといった方法も分からなくはないのですが。
―― なるほど。その辺の綱引きでいつも、煮え切らないリアクションがあるのですね。富田コーチ、川辺コーチ、原井コーチの言わんとすることは分かりました。
ただ、一方で、大々的に宣伝するクラブを選ぶ保護者がいるように、今すぐ速くなってもらいたいと思う親御さんの気持ちも同じ親として私はよく分かります。
例えば今、100m走で県トップ3くらいの同年齢の子どもたちがいるとして、その子たちと比べたら、わが子の方が何秒も遅いとするじゃないですか。
将来、オリンピックや世界陸上に出場する選手になってほしいとまでは言わなくても、少なくとも陸上を習わせてあげている以上、県で何番みたいなところまではいかせてあげたいという親心もあると思います。
そうすると、今ここまで差があるのに、将来的に追い付き、追い抜けるのかと不安に感じる気持ちは自然だと思いますが、この辺、どうお考えになりますか?
富田:とてもいい質問だと思います。その質問にお答えするなら、先ほどお伝えした、小学生のころに一番になっても、中学校、高校に進むと、陸上を辞めている子がほとんどだという話を思い出していただきたいです。
よく言うのですが、小学校で全国1位になっても未来は変わりません。しかし、高校で全国1位になれば、好きな進学先を自分で選べるように、未来は大きく変わっていきます。どうせ、1位を目指すなら、高校生になってからの方がいいのではないでしょうか。
また「そもそも、お子さんは短距離じゃないかも」ともお伝えしたいです。
現に、うちのクラブに体験に来る子の保護者の方にも、場合によっては「今すぐ速くはならないかもしれません」と正直に伝えます。
学校の体育の授業が50m走の記録を計るため、陸上の基準が短距離になってしまいがちです。しかし、陸上には、投げる、飛ぶなど、さまざまな種目があります。お子さんの特性は、そもそも短距離じゃないかもしれません。
にもかかわらず、小学生のうちから、他の可能性をつぶすほどに短距離に絞り込んで追い込んでしまうと、運動の感覚が全方位に育たないため、種目転向が将来的にできなくなってしまいます。
―― 確かに、競歩で世界陸上金メダリストを獲得された鈴木選手も、子どものころ短距離は本当に遅かったと言っていました。そもそも競歩ですら、ある意味で偶然始めた競技だと言っていました。
関連:世界陸上競歩金メダル・世界記録樹立者の鈴木雄介さんに聞く。わが子を「一流のアスリートに育てる」方法
学校の体育との関連もあって、陸上=短距離と思い込んでしまいがちですが、陸上競技だけを考えてもいろいろな種目があるのだから、最初から短距離の記録だけに一喜一憂しない方がいいという感じなのですね。
富田:そうだと思います。
―― そうなると、小学生の子どもを持つ保護者としては、陸上をしている子どもたちに、どのように向きあえばいいのでしょうか。
陸上の場合は、記録会などではっきりと数字が出てしまうので、どうしても素人なりに、その数字に対してあれこれ言いたくなってしまいます。
富田:小学生の陸上指導に関しては「子どもたちの楽しそうな表情を見守る」が自分の仕事だと思ってやっています。
なので、保護者の皆さまも、陸上の送り迎えの時に、子どもが楽しそうに練習に行くか、子どもが楽しかったーと言って帰ってくるか、その辺をバロメーターに見てあげるといいのかなと思います。
子どもが楽しそうにしているなら、何が楽しかったのか、何が楽しみなのかを親子の会話のネタにする、その会話を通じて、子どものやりたい気持ちをどんどん育ててあげるようなスタンスが、小学生の保護者の皆さまには大切なのかなと思います。
―― 記録や試合結果に関して、先ほどの鈴木選手の親御さんも、全くの無頓着だったと言っていました。
楽しそうにやっているかを見守り、楽しそうにやっていたら何が楽しいのかを聞いてあげる、そんなスタンスで十分なのですね。
最後に、川辺コーチ、何か補足はありますか?
川辺:もちろん、誤解をしていただきたくないので補足させてもらうと、私たちクラブのコーチは、タイムを速くしたいという子どもたち、もしくは保護者の方々のニーズに寄り添っていく気持ちはあります。
長く所属してくれている子どもであれば、去年との比較を通じて「去年はこれができていたけれど、今年はできていないから、この辺を工夫してみたら」などといったアドバイスはします。
ただ、がむしゃらに短距離をさせるといった練習はさせたくないと思っています。
小・中学生のうちは、走る、投げるなど、さまざまな動きをやらせる中で「いい感覚だな」「これは駄目だな」と感覚が分かる、動きに対する感覚値が高くなるように育ててあげたいと思っています。
その感覚値があれば、自分の適性の種目と出会った時、一気に伸びる原動力になってくれるからです。
―― この話は、わが子を入れる陸上教室の選び方としても大事な基準になりそうですね。全国大会を今すぐ狙わせるのか、のびのびと楽しませて後伸びを期待するのか。
陸上に限らず、子育て全てに通じる重大な問いだと感じます。
さて、会場の立ち退きの時間が迫ってきたようです。まだまだお話したいところですが、インタビュー取材はこの辺で終わりとさせていただきます。
本日は、お忙しい中、誠にありがとうございました。
富田:こちらこそ、ありがとうございました。もし、沖縄に来られる時はお声掛けください。日本で唯一、ここでしか食べられないというイノシシ肉の刺身をご馳走したいと思います。
―― え、イノシシ肉の刺身ですか。
富田:ドングリばかりを食べているイノシシで全然臭みがありません。知る人ぞ知るお店で、大切な人が来たら、毎回連れていくお店ですので、ぜひお越しください。
―― いいですねー。お誘いありがとうございます。明日行きます、と言いたいところですが、チャンスを見付けて、お邪魔できればと思います。
あらためまして、本日はありがとうございました。
富田:こちらこそ、ありがとうございました。
川辺:私からも、ありがとうございました。引き続き、よろしくお願いします。

富田聖大さんプロフィール・・・2015年より沖縄県恩納村にて一貫指導をテーマとした『陸上競技クラブNature』を立ち上げる。クラブ生の指導のかたわら、日本トップレベルの県外大学生や実業団線のコーチを務めており、直近では女子800mで指導する選手が全国大会で3位入賞を果たした。専門種目は400m・400mHであるが、オールマイティに指導を行っており、クラブ生(高校生)が七種競技で九州大会入賞を果たすなど多くの競技指導を行う。沖縄県外のクラブや高校からの依頼を受け、チームづくり講座や競技者育成のための講座を行うなど、活動を行っている。
保有資格→日本陸連公認A級コーチ・アジア国際陸上競技認定コーチLevel2・一本歯下駄アドバイザー
活動及び経歴→2025年度沖縄県優秀指導者・令和5年度SAGAスペシャルコーチ・IAAクリエイティブディレクター
(写真・取材・文/坂本正敬)